あなたの名は・・・ 最終章 後編
「そうか・・・イシュタルが・・・死んだんだ・・・」
ヴァイスリッターの敗北とイシュタルの死がユリウスの元に届けられたのは、その日の夕刻であった。
その報を伝令から受けた時、さしてユリウスの表情は変わらなかった。
「すまない・・・私は一度自室に戻る・・・」
伝令を下がらせた後、彼は側近達を残して自室へと戻っていった。
自室に戻ったユリウスはドアを閉めた後、しばらく立ち尽くしていた。
そして、下に俯いていた顔を天井に向けると・・・
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ―――――!!」
大声で雄叫びを発した。
自分の息が続く限り、彼は叫び続けた。
「イシュタルウゥ―――――――――――!!」
彼もティニーと同じく、イシュタルの死など信じたくはなかった。
彼女が離れていってしまった事さえ受容できなかったユリウスが、彼女の死を受け入れることなどできなかった。
全部は自分の責任だった。
イシュタルの気持ちなど考えたことなどなかったのだ。
ロプトウスとなった事を言い訳にして、それを理由にして、イシュタルを犯し、支配し、彼女の優しさにつけ込んで、愛し合うと言う関係に持ち込んだのだ。
でも、その間イシュタルの常に苦しみ、とうとう自分の元から離れていく決意をしたのだ。
自分を守るためにというイシュタルの気持ちは本当だろう。
だが、決して生きて帰る事のない覚悟で戦いに行ったはずであった。
イシュタルをそこまで追い込んだのは自分の罪。
自分の存在と行動がイシュタルを殺したのだ。
(僕はイシュタルが好きだった・・・でも、イシュタルのためを思うなら、好きになってはいけなかったんだ・・・)
(そうだ・・・お前は人間を愛する資格などはないのだ・・・)
(!?)
突如、ユリウスに問い掛けてくる声が響いた。
気がつくと、ユリウスは暗黒の空間に包まれていた。
これ以上ないと思えるほどの漆黒の空間。
ユリウスを包む闇が、彼に語り掛けてきていた。
(誰だ?お前は?)
(私はお前の中に眠る存在・・・ロプトウスだ・・・)
(!?)
語り掛けてきているのはロプトウス。
暗黒神として人々に忌み嫌われる竜の神。
自分の運命を変えた存在で、世界を戦乱に巻き込んだ元凶であった。
(お前は人間を愛する資格などは元々なかったのだよ。お前の存在意義は人を苦しめ、この愚かしい世界を破局に導く事になる。そのお前が人に関わろうとも、相手と自分を不幸にするだけだ。その事を、お前は思い知ったであろう・・・)
(・・・・・・)
ユリウスはロプトウスの言葉に沈黙していた。
彼に流れるのは、この神の血。
自分自身といえる存在であったのかもしれない。
その事をユリウスは承知していた。
自分には人を愛する資格などない事を。
だが・・・
(さあ・・・今こそ人間としての心を捨て去り、我を受け入れよ。さすればお前は正真正銘のロプトウスとして、この世界に降臨する事ができる。自らの思いのままに、この世界を蹂躙しろ。さあ!)
ロプトウスは全てに絶望し、自らに流れる血に全てをゆだねる事を確信していた。
自分を受け入れる器としての存在である彼の全てを支配できると思っていた。
しかし・・・
(もう・・・お前の力なんていらない・・・)
(・・・なに?)
ユリウスの意外な答えにロプトウスは戸惑った。
(お前の力なんて・・・いらない・・・もう、イシュタルはいないのだから・・・)
ユリウスにとって、イシュタルがいない世界などには興味がなかった。
いや、イシュタルを失う前には、彼にも多くの望みがあった。
自分のような邪まな存在を生み出した世界を破壊する事。
自分や他の多くの人々の運命を狂わせた暗黒教団や他の国々を滅ぼす事。
そして、イシュタルとの幸せな時間を持つ・・・
そんな未来図を描いていたユリウスだが、イシュタルの死は、ユリウスの心から、全ての望みと欲望を奪い去ってしまった。
この時になってユリウスは初めてイシュタルの存在の大きさを思い知らされた。
イシュタルをとても愛している事を確信していたユリウスだが、いざ、彼女の存在が消える事は想像以上のダメージであった。
自分が自分の想っていた以上に彼女の事を愛していた・・・
愛していた彼女の死は、自分を絶望させるに十分すぎた。
(だから・・・お前の力なんていらない・・・いらないんだ・・・)
ロプトウスにとって、彼が自分に絶望し、全てを破壊したくなる衝動に駆られると考えていた。
だが、ユリウスの絶望はロプトウスの想像以上に深く、彼は心を閉ざそうとしていた。
目論見違いであった。
(もう・・・何もいらない・・・なにも・・・)
ユリウスの頭の中に浮かぶのは、イシュタルとの思い出と笑顔・・・
それだけだった。
それ以外の事は頭の中には浮かばず、思い浮かべる必要もなかった。
イシュタルを失った絶望に任せ、ユリウスはロプトウスを拒絶した。
彼女を失った事が、ユリウスの心をロプトウスから開放したのだった。
そして、もう一人の少女もまた、心を閉ざそうとしていた。
解放軍は戦いの後、戦場からさして離れていない場所で野営をする事になった。
ヴァイスリッターとの戦いが予想以上に激しかったため、即座にバーハラ侵攻が難しいと判断したからだ。
一度、進軍を停止し、負傷者の治療と休養、そして部隊の再編成を必要としていた。
明朝までこの場にとどまり、その後、進撃を再開する事が決定した。
そして、夕日は沈み、夜の闇に包まれた・・・
「お兄ちゃん・・・ティニーの様子は・・・」
陣幕の中で手当てを受けたセティの元に、フィーとアーサーが神妙な表情で訪れてきた。
二人の心配はもちろんティニーの事であった。
セティの表情は、二人の予想以上に暗かった。
その表情に、二人は事態の深刻さを痛感していた。
「ティニーは・・・あれからずっと、イシュタル殿の墓の前にいるんだ・・・」
「イシュタル王女のお墓に・・・あれからずっといるの?」
「・・・ああ・・・」
フィーの問いに、セティは俯きながら答えた。
イシュタルの亡骸は先ほどの戦場を見渡す事が出来る丘の上に埋葬された。
石を置いただけの簡素な墓であったが、ここが戦場なら致し方ないだろう。
ティニーはそこにイシュタルが葬られてから、ずっとそこから離れようとはしなかった。
誰の言葉にも耳を貸さず、ただ墓石にずっと寄り添って離れなかった。
セティもしばらくは一緒にいたが、治療のためにテントに戻らざるを得なかった。
「ティニー・・・大丈夫かな?」
「・・・・・・」
セティは『大丈夫』の一言は出せなかった。
イシュタルの死んだ後、ティニーの様子は酷いものだった。
イシュタルの亡骸か離れず、ただひたすら泣き叫んだ。
彼女を埋葬しようにも、彼女の体から離れず、むしろ近づく者達を拒否さえしていた。
彼女はセティの言葉さえ聞かず、赤ん坊のように暴れ、泣き続けていたのである。
そして、彼女が葬られた後も、その場から離れようとはしなかった。
「・・・大丈夫だなんて言えない・・・ティニーは自分にとって一番親しく、誰よりも想い合っていたイシュタル殿を失ってしまったんだ。しかも、自分自身の手によって・・・」
イシュタルを失った悲しさ、イシュタルを手に掛けた罪悪感が彼女の心を壊していた。
イシュタルとの絆の深さはセティでさえも計り知る事は出来ないほどであった。
その絆が深ければ深いほど、ティニーの傷は深いはずであった。
3人の間に沈黙が走る。
それぞれにティニーの事を大切に想っているが、それでも打開策がおいそれと出てくる訳ではなく、自分の非力さを思い知っていた。
だが、このままにはして置けない。
フィーにとっては親友、アーサーにとっては血を分けた妹、セティのとっては大切な恋人なのだから・・・
「もう一度・・・ティニーの所に行って来る・・・」
セティは痛む体を立たせ、天幕の外に出て行こうとした。
「お兄ちゃん・・・?ティニー・・・のところに?」
「ああ・・・彼女をこのままにしてはおけないから・・・」
セティはフィーを一回振り返って、続けた。
「今の私に何が出来るかどうかは分からない・・・でも、このままじゃティニーを助ける事は出来ない。悲しみから救う事が出来ない。だから、今はティニーの傍にいてあげたいと思う・・・」
「お兄ちゃん・・・」
この3人の中でティニーの心を救えるとしたら、セティだろうとフィーとアーサーは考えていた。
なぜなら、この中でティニーの事を一番大切に想っているのは、他ならぬセティなのだから。
「・・・行ってくる・・・」
セティは天幕の中に二人を残して出て行った。
今まで沈黙を守っていたアーサーは小さな声で呟いた。
「頼むぞ・・・セティ・・・」
「讃えよ・・・夜明けを・・・美しい魂を・・・大地の・・・ダンスを・・・」
既に暗闇に包まれた荒野に悲しい歌声が響き渡る。
「感じよ・・・勇気を・・・震わす・・・大風を・・・」
本来は軽やかで、喜びを讃えるはずであろう歌声は、静かな悲しみに満ちたものだった。
「溢れよ・・・大地の・・・・大地の・・・」
歌う本人は焦点の合わない視線でイシュタルの墓石に体を密着させるように寄りかかり、ひたすら歌を続けていた。
「ティニー・・・」
かつて、ティニーの歌を聞いた時、彼は心が温まるような昂揚感を感じる事ができた。
しかし、今の彼女の声には可憐さも陽気さも感じられない。
ただ、虚無にも似た透明感と感情が凍ってしまった様な悲しい声色が、本来の光を奪っていた。
「セティ様・・・」
彼女は悲しみの歌を中断し、セティを振り返る。
夜月だけがだけが視界を保つ唯一の光であり、それはティニーの泣き疲れ、絶望に満ちた表情を照らしていた。
目が酷く腫れ上がり、涙の後が暗い中でもくっきりと分かった。
自分が別れた後も、悲しみに囚われていた事がセティには分かった。
ゆっくりと近づき、墓石の傍に座るティニーの横に立つセティ。
それでもティニーはイシュタルから目を離さない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ティニーは今までの歌を中断し黙ってしまう。
セティもかける言葉が見つからず、沈黙してしまう。
(何か話し掛けなきゃ・・・何か言葉を出さないと・・・)
フィーとアーサー達の所からここにくるまで、セティはティニーへの言葉を探していた。
しかし、彼は、この状況のティニーに優しい言葉を簡単に見つけられるほど器用ではなかった。
自分にとっての肉親を・・・いや、それ以上の人を手に掛けた事を責め続け、心悲鳴を上げる少女に、一体どんな言葉を・・・
「・・セティ様・・・無理に言葉を掛けようとなさらなくてもいいのですよ・・・」
(・・・ティニー?)
今まで聞いた事がないようなティニーの声であった。
小さくはない・・・だが、感情も何も入っていないような乾いた声。
「セティ様は優しいお方ですから、私を慰めて下さろうとしているのでしょう?でも、必要ないですよ。私に優しい言葉なんて・・・」
皮肉と自重に満ちた成分が彼女の言葉に含まれていた。
心にもない笑顔が顔に浮かんでくる。
「私のような・・・女になんて・・・必要ないですよ。ふふっ・・・」
分かっている。
ティニーは自分を責め続けているから、自分を貶めようとしている事が。
それはティニーの傷の深さを物語っている。
だが、さすがに次の言葉はセティを愕然とさせた。
「私・・・セティ様とお別れしますね・・・」
「なに!?」
突然の宣告に、セティはさすがに驚いた。
いや、驚くだけではない。
真っ暗な谷の中に落ちていくかのような感覚にさえ襲われた。
「私は・・・私はセティに相応しくないですから・・・」
「相応しくないって・・・ティニー!」
セティは屈み、ティニーの肩に掴んで正面から迫った。
ティニーは顔を合わせたくないのか、顔を背けてしまう。
「どうしてしまったんだティニー!? なぜ私の顔を見てくれない!君が悲しいのは分かる。でも、どうして壁を作ろうとするんだ。別れようだなんて言うんだ!」
セティは自分が馬鹿で、なんと甲斐性がないのだろうと思った。
ティニーを慰めようと、笑顔を取り戻そうとしていたのに、彼女の別れるということ言葉に声を張り上げてしまう。
そんな自分がとても情けなくて、とても愚かしくて・・・
「だって・・・だって・・・・!」
ティニーの震えが手を伝わってセティに届く。
「だって!私はイシュタルお姉様を殺してしまったのですよ!イシュタルお姉様を・・・私を助けてくれて、見守ってくれて・・・愛してくれたお姉様をこの手で・・・そんな最低な女なんですよ!」
身を切り裂くような声で、自らを責めるティニー。
その涙と悲しみに満ちた顔はあまりに痛々しく、セティも見るに耐えられないと思うほどであった。
だが、今の彼女から目を背けてはいけない。
「そんな私が・・・イシュタルお姉様を殺した私が・・・セティ様も愛を受ける資格なんてない!幸せになる資格なんてないんです!!」
そう言って、ティニーはセティを振り解き、彼に背を向けた。
「・・・ごめんなさい・・・勝手な事言って・・・でも、私はイシュタルの屍の上に自分の幸せを求める事なんてできない・・・だから、私はセティ様と別れるしか・・・」
「そんな事は許さないぞ!!」
突然、セティは大声を上げて、彼女の言葉を遮った。
あまりの大声にティニーは思わずビクっと体を震わせる。
「ひっ!」
「許さないぞティニー!別れるなんて・・・幸せを求めないなんて許さないぞ!私はイシュタル殿と別れ際に約束した。ティニーを幸せにするって約束したんだ。だから、君が自分に絶望する事も、幸せを掴もうとしない事だって許さない!許さないぞ!」
いつにないセティの激しさに、さすがのティニーも呆気にとられていた。
「でも・・・私は・・・」
ティニーの言葉が続かないうちに、セティは彼女を後ろから力強く抱きしめた。
「!?」
「・・・私が君を幸せにできるかどうか分からない。君の悲しみを和らげてあげる事はできないかもしれない・・・。でも、私はイシュタル殿との約束を果たしたい。ティニーに笑顔を取り戻して欲しいんだ。だから、だから・・・私の元から離れないでいて欲しい・・・お願いだ。」
自分を抱きしめるセティの力は優しい抱擁とは懸け離れたものであったが、逆に今はこんな風に力強く抱きしめられていたかった。
あれから・・・イシュタルが亡くなってしまった瞬間から、自分は孤独の闇に囚われた感覚に襲われた。
本当はこの悲しみの中で誰かの助けを欲していた。
誰かに傍らにいて欲しかった。
でも、助けてと言えなかった。
自分の犯した罪のことを考えれば、罰を受けて当然だと思っていた。
自分の幸せも大切な人を捨てて苦しむ・・・
それしか自分の償う方法しかないと思っていた。
自殺も考えたが、自分にとっては死よりもセティと別れる方が苦しかったから・・・
そして、残されたセティの事を考えると、その選択肢を選ぶ訳にはいかなかった。
罰を自分に課すのは当然だと思っている。
でも、こうしてセティに抱かれてしまうと、そんな決意が揺らいでしまう。
このまま抱かれていたい、一緒にいて欲しい・・・
そんな甘い囁きが自分の中に広がっていく。
「セティ様・・・離して・・・」
先ほどとは違い、彼女の声は消え入りそうなものになっていた。
だが、その言葉は逆にセティの手に入る力を強める事になった。
「あ・・・・」
(これからは・・・ずっと君を守る。そして・・・一緒に生きていこう、ティニー・・・愛しているよ・・・)
(・・・私もです。あなたを守るために頑張ります・・・あなたと共に歩んでいきます・・・これから・・・ずっと・・・)
あの時の、セティと初めて結ばれた時の記憶が甦る。
自分はあの時、はっきりと約束した。
セティから離れない事を・・・
これから共に歩んでいく事を・・・
(・・・でも・・・でも・・・!)
自分の決意と欲求・・・
二つの間で苦しむティニー。
自分の罪を償わなくてはならないのに、セティに言葉に心揺らいでいる自分が憎らしくて・・・
そんなティニーの葛藤に気づいたのか、セティは彼女を向き直させ自分と正対させると唇を奪った。
「!?・・・んっ!」
いきなりのキスにティニーは驚きのために目を丸くした。
技術もムードもないキスである事はセティも知っていた。
だが、そんな事はどうでもいい。
今はティニーに自分の気持ちを叩きつけたい。
彼女が離れていくのを止めるためだったら、自分達の間の愛を鎖として利用する。
それは自分のエゴだという事は承知しているが、そんな事はどうでもいい。
(私はティニーが好きだ!絶対に離したりするもんか!)
彼の中にはティニーを失う恐怖と、どうしようもない愛しさだけしかなかった。
(ダメ・・・だめぇ・・セティ・・・さま・・・)
しばらくして、頭の中が冷静になってきたティニーは彼を撥ね退け様としてしまう。
ただ、キスはティニーの頭の中を白くして行き、彼女に力を沸き立たせない。
成すがままにキスを受け入れ、彼の舌に蹂躙される。
更に彼女の胸にまで左手を伸ばし、優しくだが、力強く愛撫する。
服の上からでも彼女の胸の柔らかさはセティを興奮させ、さらに大胆にする。
体を走る快感の電流にティニーは首を振るが、今のセティはそれを許さずに彼女の顎を右手で固定してしまう。
手と舌で巧みに責められていくティニーは徐々に体を熱くし、抵抗する力と気力を奪い去っていく。
どのくらい愛撫を続けただろう、セティは彼女の唇を開放した。
「・・・ぷふぁ!・・・」
口を開放されて大きく空気を求めるティニーだったが、彼女の目は既に悲しい涙とは別の意味の潤みをしていた。
「ティニー・・・君が好きだよ・・・」
「せ、セティ様・・・」
「卑怯かもしれないけど・・・今、君を愛したい。今だけでも悲しみを忘れて欲しいから・・・」
真っ直ぐな真摯なセティの瞳。
彼のその視線にティニーは自分が逆らえなくなっているのを自覚していた。
再びセティが唇を合わせてきた時、彼女は拒む事はしなかった。
彼を受け入れる方に天秤は傾いたのだった。
(ごめんなさい・・・お姉様・・・)
彼女はイシュタルに心の中で謝った。
いや、自分に対して謝ったのかもしれない。
イシュタルに償いをしようとした自分を守れなかった事が憎らしかった・・・
「今だけ・・・今だけでも・・・忘れさせてください。セティ様・・・」
小声で言ったティニーの願いにセティは小さく、そしてはっきりと頷いた。
二人の体は一つになり、倒れていった。
セティは彼女の体を草むらの上に彼女の体を横たえた。
服を着たままのティニーだったが、セティは構わず愛撫し始めた。
舌を口に差し込み、彼女の胸や腰を手が這っていく。
「ぁふっ・・・ん・・・あ・・・」
今のセティの愛撫には前回の時のような迷いはなかった。
痛みが混ざらない程度に荒々しく、そして的確にティニーの体を責めていった。
(私・・・本当に弱いですね・・・)
(どうして・・・?)
(大切な人を守るためには、もう一人の大切な人を手に掛けてしまうだなんて・・・)
(・・・ティニー・・・)
「・・・くうぅっ!・・・ひゃぁ!」
ティニーの急所である首筋は丹念に責められた。
耳筋から首の付け根の一帯に舌を這わせるだけで、ティニーは狂ったように悶えてしまう。
一回だけの行為によってセティはその事を学び、徹底的と表現できるほど舌を動かし続ける。
彼女の体が急激に熱くなっていくのを感じていた。
あまり時間の掛からない内に、ティニーの体は完全に骨抜きの状態になってしまう。
「・・・あ・・・う・・・ふ・・・ん・・・」
しばらくすると、彼女はこの責めに慣れてきたのが、体の震えや喘ぎが小康状態になってくる。
ティニーは心地よい感覚に落ち着いてくるが、セティは首筋だけではなく、胸への愛撫を再開する。
服の隙間から手を差し入れ、直接彼女の控えめな美乳を摩る。
既に頂はぷっくりと隆起して、自己主張をしていた。
セティは優しくそれを摘み上げる。
「きゅぅっ!・・・ん・・・」
一際甲高い声が彼女の口から漏れる。
別の性感帯を刺激されて、ティニーの体は再び激しい渦の中に囚われていく・・・
セティの左手もティニーの腰に回され、一帯を摩り始めた。
ティニーの全身を巧みに愛し、彼女を高めていく・・・
(・・・人は弱いんだよ、ティニー・・・君だけが弱いんじゃない。)
(えっ・・・?)
(私だって、君と同じような立場になったら・・・どうするか見当もつかない。例えば、実の妹のフィーにさえ手に掛けてしまう事があるのかもしれない・・・)
(そんな・・・そんな!セティ様!不吉なことなんて言わないでください!)
(だけど・・・あるかもしれない。もしもティニーとティニーが合い争うようなことになったら・・・もしかしたら・・・私は・・・)
(・・・・・・)
(でも、私はどちらも失いたくは無い。二人の事の事だけじゃない。アーサーや他の仲間達を含めて、誰も手に掛けたくは無いんだ。それでも君を守るためだったら・・・私は・・・)
(セティ様・・・私は・・・)
(大切な人を守りたい・・・そのために戦い続けているはずなのに・・・人は全てを守りきれるほど強くはないのかも知れない。でも、それでも・・・私はティニーを一番に守りたいと思っている・・・)
「ああっ!ダメ・・・感じ・・・ちゃう・・・セティさまっ!」
セティは既にティニーの服をずらし、半裸の状態にさせていた。
胸を露出させ、下着を露にした。
胸に円を描くようにゆっくりと舌を動かし、既にたっぷりと熱い蜜を湿らしていた下着の中に手を差し入れ、花と果実を指で刺激し続けた。
胸はセティの唾液によってたっぷりと濡れており、妖しい光を放っている。
乳首も大きく自己主張をし、快感に打ち震えていた。
セティは口に含み中で転がしたり、甘く噛んだりした。
「きゃう!!・・・ハアァァァッ・・・・」
下着の中でも中指が入り口を掻き回していく。
その度に蜜が溢れ、更に下着を濡らしていく。
しばらくして、ほぐれたと感じたら指を二本・三本に増やしていき、更に深く掻き回していった。
「・・・いい・・・んん・・・やはあああぁぁ・・・」
彼女も涎を垂らし、腰をくねらして悦ぶ。
セティは更に動きを激しくして、彼女を昇らせていく。
力強く、そして早く動かして、彼女の中で膨張しつつある物を膨らませていく。
クリトリスも容赦なく親指で転がし続けた。
「ダメですうぅ!・・・そんなに弄くっちゃ・・・ああぁぁっ!」
花に差し入れている指の動きを円運動から突き上げる動きに変えると、ティニーの体は更に激しく揺れた。
前回の時とは違い荒々しい指使いのために、ティニーはすぐに昇らされてしまtった。
「あん・・・・い、・・くううぅぅ・・・か、はあぁ・・・はああああぁぁぁぁっ!」
セティの指を激しく締め付け、体を逸らさせ・・・ティニーは嬌声を上げて絶頂の階段を昇らされた。
僅かな痙攣の後に、ティニーはぐったりとしてしまう。
目を瞑り、余韻に身を任せるティニーの唇に、優しくキスを与える。
「・・・う・・・んん・・・」
ティニーはセティの首に手を回し、彼の頭をしっかりと抱きしめた。
舌を絡ませ合い、濃厚なキスに酔いしれる。
唇を離した時、二人の間に唾液による糸が引いた。
それがあまりに淫らで、二人の欲情を更に刺激する。
早く一つになりたい。早く共におかしくなりたい。
それだけを考えていた。
今はそれだけを考えていたかった。
(嬉しいです・・・私の事をそこまで・・・でも、イシュタルお姉様に申し訳ない・・・)
(・・・ティニー・・・イシュタル殿は最後にティニーの幸せを願って逝ったんだよ。本当に君を愛していたからこそ・・・)
(分かっています・・・だから、自分が許せないんです)
(でも、イシュタル殿の願いを叶えないと、それこそ申し訳がないはずだよ。イシュタル殿の方が怒るはずだよ・・・)
(・・・でも・・・)
(ティニーの知っているイシュタル殿なら何を望んでいるのか・・・君なら分かっているはずだよ・・・それを叶える事こそ、今の私たちにできる事なんじゃないかな・・・)
(・・・セティ様・・・)
ティニーを後ろから支えたセティは座位をとり、彼女をゆっくりと自分の上に降ろしていく。
「ううぅぅ・・・はいってくる・・・セティ様が・・・」
存分に濡れていた彼女の花はたやすくセティを受け入れた。
痛みも圧迫感も感じることなく、ただ、切なさと疼きだけを感じる事ができた。
完全にティニーの中に埋まると、セティは腰を突き上げ始める。
「ああんっ!・・・ひゃああぁぁ・・・」
接合部から発せられる水音と共に、ティニーの体が激しく弾む。
彼女の小ぶりな胸も美しい髪も同じように上下し、全身で感じている事を表す。
「ティニー・・・感じてくれているんだね。私も感じる・・・ティニーが感じるよ・・・」
「セティさまの・・・熱い・・・熱すぎます!」
ティニーの中を貫く剛直は彼の心を映しているのか、それともティニーの体が燃え上がっているのかは定かではない。
ただ、前回に結ばれた時以上に熱くなっていた事は確かだった。
イシュタルを亡くした悲しみを一時でも紛らわしたいために、愛する人を助けたいために・・・
往復運動が徐々に早くなり、溢れ出した蜜が二人の股間を濡らしていく。
セティはがむしゃらに抱えるティニーの体を揺らした。
ただ揺らすだけではなく、後ろから前に手を回し、両手で両乳房を揉み回した。
手全体で包み込むようにし、時には指で摘み上げたりして刺激した。
更に、背後から彼女の首や背中を嘗め回した。
まるで骨が抜けたかのように、ティニーの体はくねくねと動いた。
突かれ、揉まれ、舐められ・・・彼女の体は様々な責めに反応していたため、様々な動きを見せている。
「だめ・・・おかしくなる!セティ様・・・せてぃさまああぁぁっ!」
あまりに激しい動きのために彼女は痛みも感じていたが、それでも無我夢中で動いていた。
しばらく続けると、セティは射精感がこみ上げてきた。
自分もティニーも激しく動いているのだから、抑える事はできない。
セティはそれをティニーの中に放とうと更に動きを早めた。
ティニーも激しい動きに昇りつつあった。
彼女の膣がセティを締め付け始める。
その締め付けにセティは耐えられなかった。
「く!・・・んっ!!」
一段と深くにセティのモノが打ち込まれ、そこで彼の精が放たれた。
ティニーも自分の中に叩きつけられるのを感じながら、激しい痙攣を起こした。
「きゃあううぅ―――――っ!!」
びくびくと震える彼女の体をセティはしっかりと抱きしめる。
ティニーもセティの抱擁に身を委ねた。
しばらく、二人は気だるい感覚に身を任せていたが、セティは固さを失っておらず、ティニーの蜜も溢れ出すのが止まってはいない。
「ティニー・・・」
「セティ様・・・あっ!」
セティは彼女を自分の方に向き直させ体面座位の状態に移すと、再び突き上げ始めた。
「ひゃ!・・・セティ・・・さま!そんな・・・まだ・・・」
ティニーはまだ余韻が収まりきっていなかった状態で再び突かれ始めた為、息の詰まるような波に飲まれてしまう。
この様に荒々しいセティはティニーを愛する時しか見られないだろう。
彼女の体をしっかりと支え、目の前で揺れる胸を口で責め、そして交じり合う。
ティニーもそれに応え、自分も腰を動かしてセティを感じる。
動けば動くほど、ティニーの蜜が先ほどのセティの体液と共に溢れ出していった。
体を汚していても、今の二人は気にはしない。
ただ、愛し合う事だけを考えていたのだから・・・
(ティニー・・・絶対に逃げてはダメだよ。イシュタル殿の死に向き合うしかないんだ・・・私もずっと一緒にいる。一緒に償っていこう・・・)
(セティ様・・・)
(・・・前を向いて・・・行こうよ・・・)
「ダメ!あああぁっ!だめえぇ・・・もう・・・」
「ティニー・・・ティニー!」
「・・・んんっ!・・・ううう・・・」
ティニーはセティの首に手を回し、彼の唇に自分の唇を合わせた。
セティの唇を貪るように味わうティニーの姿はとても妖艶で、セティをとても興奮させる。
一回放ったセティの剛直であったが、高まる興奮に先ほど以上の固くなっていった。
自らの中で固くなっていくセティを感じながら、再び高みに昇ろうとするティニー。
「ティニー・・・また、イキそうなんだね・・・」
唇を離し、優しく問い掛けるセティ。
彼女はそれに首をブンブンと縦に振って応えた。
セティも頷くと、腰の動きを更に早めた。
自分も再びティニーの中に熱いものを放つために・・・
ティニーの腰がまるで飛んでいるかのように激しく弾む。
二人は更に大きな快感を搾り取ろうかとするように、体を動かし続けた。
一突きされる事に、ティニーは頭の中が真っ白になっているかのような感覚であった。
ここまで極限状態になれるとは思ってもいなかった。
セティも自らの欲望が果てる事がないように思える。
なら、今はただ、相手を求め合おう。
「ひゃああぁぁっ!・・・セティ様・・・セティさまああぁぁっ・・・」
「ティニー・・・ティニー!」
「壊れる・・・うあああぁぁぁっ!」
まるで獣になったかのように叫び続ける。
爆発寸前の二人の体はこれ以上ないほど燃え上がり、心は、ただひたすら相手を求める事しか考えてはいなかった。
「・・・あああうぅぅぅぅぅ――――――っ!!!」
一段とティニーの声が高くなり、再び昇ったティニー。
「!?」
数瞬遅れてセティの竿も脈動する。
一段と深くに差し入れ、その中にたっぷりと撃ち放った。
「・・・あ、熱い・・・」
痙攣状態のティニーは先ほど以上に熱くなったものの進入を受け入れた。
「・・・ハア・・・ハア・・・」
「あ・・・ぁ・・・ぅ・・・」
二人は再び、余韻に酔いしれるかと思われた。
だが、二人の中の欲望は満たされるどころか、更に肥大している。
「ティニー・・・」
「セティ様・・・・」
二人の視線は重なり合った。
そして、互いがまだ満足していない事を理解したのだった。
飢えた心はこれしきでは満たされる事はないのだと・・・
どちらからともなく、腰を動かし始める。
今日はひたすら狂いたかった・・・
「セティ様・・・ありがとうございます」
事の終わった後、イシュタルの墓の前でセティのマントに共に羽織っている二人。
ティニーはセティに寄り掛かりながら、礼を述べた。
「私を・・・慰めてくださって・・・」
「ティニーに元気になって貰いたかったからね・・・」
セティは静かにティニーの肩を抱き寄せた。
「もう・・・大丈夫・・・?」
「・・・はい、セティ様・・・私はもう大丈夫です」
(・・・嘘だ)
瞬間的に、セティはティニーの嘘を見破った。
本来、彼女は嘘をつく人間ではないが、恐らくは自分をこれ以上心配させないために、ああ言っているのだ。
今すぐに彼女の笑顔を取り戻す事はできないとセティは考えている。
しかし、それは仕方がないことかもしれない。
急ぐ事はない。
時間が彼女の傷を癒してくれるはずだ。
彼女の傷が癒えるその日まで、自分も傍にいてあげて、彼女の傷を直す事に努力しよう。
いや、彼女の傷が癒えてからも、彼女の傍を自分は離れない。
ずっと一緒に生きていく事を自分は決意しているのだから・・・
「ティニー・・・みんなの所に戻ろう。ここでは風邪を引いてしまうよ・・・」
「・・・・・・」
ティニーは顔を俯かせてしまった。
顔を下に向けながらも、ティニーはしっかりと上目遣いでイシュタルの眠る墓を見つめていた。
「・・・ごめんなさい、セティ様・・・今夜だけはイシュタルお姉様を一緒にいたい。今日でお別れなら・・・今日だけは・・・」
「・・・分かったよ。ティニー・・・私も君と一緒にここにいるから・・・」
彼女を一人で残す事に危機感を抱いていた。
今の彼女は先ほどまでとは言わないまでも、とても不安定な状態だった。
だから、自分も彼女と共にここに残る事にしたのだ。
「・・・分かりました・・・」
セティの心配そうな表情から、彼女はセティの思惑を見て取った。
それだけ自分を心配してくれるセティの事が嬉しかったが、逆に彼にそれだけ心配を掛ける自分が憎らしかった。
一旦、天幕に戻った二人は毛布を借り受け、イシュタルの墓の前に戻った。
そして、互いに体を寄り添いながら、夜を過ごそうとした。
せめて、この夜だけはイシュタルの傍にいさせてあげたかったから・・・
セティ様、ごめんなさい・・・
私、やはり自分が許せません。
あの優しかったイシュタルお姉様を自分の手で殺してしまったのですから・・・
自分が憎い・・・許せない!
本当は自分の命さえ絶とうとさえ考えた・・・
だけど、それはセティ様を苦しめる事になるから、それだけはできなかった。
だから、別れようと・・・自分に辛い罰を与えようとした・・・
でも、それもできなかった。
こんな自分が凄く憎い。
そんな事をイシュタルお姉様は求めない事を知ってはいる。
でも、そんなイシュタルお姉様と自分を想ってくれるセティ様の二人の優しさに甘えてしまう自分が憎らしい、大嫌いだった。
(・・・ティニー・・・馬鹿ね・・・)
・・・えっ?
(私はあなたに幸せになって欲しいと言ったのに・・・どうして、自らを責め続けるの?どうして、心を閉ざそうとしてしまうの?)
・・・・・・私は、大切なお姉様を殺してしまったのですよ?
誰よりも自分の事を愛してくださった貴方を・・・この手で・・・
(・・・ティニー・・・)
私はお姉様が好きなのに、数え切れないぐらい助けて頂いたのに・・・いざ、自分が追い込まれてしまった時、そのお姉様を手に掛けてしまったんです。そんなに弱い人間なんです。
(あなたは・・・自分のした事が弱い人間のした事だと思っているの?)
・・・はい。
(大切な人を守るために決断をする。それは弱い人間のできる事ではないわ。あなたは自分の大切な人を守ろうとしただけ・・・そこには善も悪も無いわ・・・あなたは私と同じになっただけ・・・)
イシュタルお姉様のように・・・私は強くはないです。それに、罪には変わらないです。
お姉様を手に掛けてしまった罪には・・・
(罪・・・あなたは罪だと思っているのね・・・)
はい、だから私は罪を何かの方法で償わなくてはならないんです。お姉様にたいして・・・
(・・・分かったわ。じゃ、あなたに罪の償い方を教えてあげる・・・)
・・・えっ?
(幸せになって、未来を創るために、頑張りなさい。それがあなたの償い方・・・
未来を・・・創る?
(生き残った者は死んだ者のために囚われてはいけないの。生き残った者に大切なのは、未来を創ることよ。私達のような人々を生まない世界を・・・戦いのないような世界を作っていく事があなた達の使命よ。死者である私達の屍を超えていった者達の・・・)
お姉様・・・
(でも、それは簡単に作れるものではないわ。幸せな世界を生み出すには、そこに住む人々が幸せでなければならない。幸せを生み出すことは出来るのは、幸せを知っている人だけ・・・あなた達が幸せと悲しみを知っていなければ創れないの・・・だから、あなたには幸せになって欲しいと言ったの・・・あなたには未来を生きて欲しかったから・・・)
そんな・・・お姉様・・・私なんかに・・・
(泣かないでティニー・・・でも、あなたが自分の罪を償いと考えているんだったら、それを償いとして・・・それが私の願いよ・・・)
・・・私に出来るでしょうか?未来を創るという事が・・・
(あなたになら出来るわ・・・あなたは強い子だから・・・)
・・・分かりました。私はお姉様の願いを果たすために努力します。それが、償いになるのなら・・・
(ありがとう・・・ティニー・・・)
でも、私にもお姉様にお願いがあります。
(えっ?なに?)
・・・必ず、またこの世界に戻ってきてくださいね。私はお姉様の言われた世界を作り上げますから・・・そして、その世界で今度こそ、幸せになってください・・・それが私からの勝手なお願いです。
(・・・分かったわ・・・必ず、あなた達が創り上げる世界に戻ってくると約束するね。その時には、また出会えたらいいね・・・)
本当に・・・そうですね。
(・・・それじゃ、そろそろ行かないと・・・)
お姉様!?
(・・・ティニー、ありがとう。私はあなたのような優しい子に会えて幸せだったわ・・・)
わ、私も!お姉様に出会えて、本当に幸せでした。
(うん、分かってる・・・それじゃ・・・ね・・・)
お姉様・・・?・・・イシュタルおねえさま―――!
気がつくと、空が白み始めていた。
目を開けたティニーの横にはセティが寄り添いながら、寝息を立てていた。
あの時から、まったく状況は変わってはいなかった。
(・・・夢・・・だったのかな・・・)
彼女に語りかけてきたイシュタルの声。
それは自分の勝手な夢だったのだろうか?
自分の勝手な想像だったのだろうか・・・
(でも、分かっている。自分は前に進んでいかなくてはならない事を・・・)
イシュタルに対する報いをしなくてはならない。
そして、それは後ろ向きな物であってはならない。
イシュタルはそれを知らせにきてくれたのだ。
だから、自分は償うのだ。
『未来を創る』という償い方で・・・
(そして、イシュタルお姉様が笑われない未来を創り上げなくてはならない・・・)
それを目的して、これからも生きていこう。
その時、東の地平線から太陽が上がってきた。
眩しい朝日に照らされ、ティニーの目が思わず霞む。
ティニーは立ち上がり、朝日に向かって立った。
それは、これからの自分の新しい運命を心に刻み込むかのように。
「ティニー・・・」
気がつくと、セティも目覚め、後ろに立っていた。
「セティ様・・・」
振り向いたティニーの顔に、セティははっとする。
ティニーの顔には昨夜のような絶望の残像は残ってはいなかった。
今の彼女の顔にはあるのは、決意と光・・・
彼女に何かの力が宿ったかのように思えた。
恐らく、彼女は何かの力で乗り越える事が出来たのだろう。
「セティ様・・・行きましょう・・・」
ティニーはセティの手をとった。
「行く?・・・もう、ここから離れてもいいのかい?」
セティは控えめな口調で聞いたが、ティニーははっきりと返した。
「・・・イシュタルお姉様に言われたんです。『未来を創れ』って・・・」
「え?」
「それが償い方だからって・・・だから、私はここで止まってはいられないんです・・・だから、前に進まなくては・・・」
セティはティニーを甦らせたのはイシュタルだったことを知らされた。
イシュタルとティニーの絆の深さを改めて思い知らされた。
(やはり・・・君は強い人だよ・・・ティニー・・・)
「ティニー・・・一緒に行こう。私もイシュタル殿の願いを叶えたい・・・」
「・・・ありがとうございます・・・セティ様・・・」
昇ってくる朝日の中、二人の影が一つになった。
今、ティニーはイシュタルとの誓いを胸に新たな一歩を踏み出したのだった。
・・・二年後・・・
うららかな春の朝空を一人の女性が長く、美しい緑髪を靡かせながら天馬を駆り、飛行していた。
彼女の名はフィー、ヴェルトマー公爵アーサーの后である。
彼女は日課として欠かさず、自らがアーサーと共に復興のために力を尽くしているヴェルトマーの地を見渡すために空の散歩を欠かさなかった。
彼女の嫁いだヴェルトマーはグランベル王国北東部に存在し、グランベル王都バーハラの近く地であった。
かつてはグランベル帝国の始祖アルヴィスを生み出したのもヴェルトマーであり、代々、炎の聖戦士、魔法戦士ファラの血筋によって統治されてきた。
現在、ファラの血筋を受け継いでいるのはアルヴィスの実子ユリアとアルヴィスの異母弟であったアゼルの二人の子供達だけだった。
結局、ヴェルトマーを継ぐ事になったのはアーサーになり、彼と愛し合っていたフィーは彼と共にヴェルトマーに行き、かの地の復興に力を貸していた。
そして、一年前に晴れて結婚し、今はヴェルトマーの公妃として、その明るい性格と行動的な部分が公国の人々に慕われていた。
「・・・村もだいぶ復興してきたわね・・・」
彼女はヴェルトマー城郊外の村の上空を通過しながら、少しずつ再生してきている村の現状を喜んだ。
(長いようで・・・短い2年だったな・・・)
もう、あの戦いから2年の月日が流れたのだった。
あの戦い・・・後に聖戦といわれた戦いは、ユリウスの中に眠っていた暗黒竜ロプトウスと救出されユリアに降臨した神竜ナーガとの一騎打ちにより終結した。
暗黒竜ロプトウスは、なぜかその強大な力を発揮し切れず、ナーガの力に容易く敗れてしまった。
戦いに敗れたロプトウスはユリウスの体と共に、空高く舞い上がり消滅していった。
それはロプトウスに支配されていたユリウスも同様で、彼の亡骸は見つかる事は無かった。
ロプトウスを倒し、帝都バーハラを陥落させた解放軍は各地に展開し、帝国の残存勢力を一掃。
ついに帝国の完全な打倒を果たし、ここに20年以上に渡った戦乱の時代に終止符を打ったのだった。
その後、解放軍の仲間達は全国に散り、それぞれの地の復興に尽力していた。
そして、今、戦いから2年が経ち、ようやく世界が負った傷は癒え始めようとしていた。
「さてと・・・そろそろアーサーの元に帰ろうかな・・・」
彼女は愛する人がいるヴェルトマー城に向かって旋回していった。
早朝から出ていたため、ヴェルトマー城には朝食の時間前に帰る事ができた。
いつもはこの後、食事にするのだが、今日はそれとは違っていった。
この朝早くに珍しい客が二人を訪ねて来たからだった。
彼女がヴェルトマー城の大広間に向かうと、そこでアーサーと一人の少女が話をしていたのであった。
フィーと同じ緑の髪から、彼女がシレジア出身と言う事が推測できた。
「あ、フィーが戻ってきたよ。カリン・・・」
アーサーは入室してきたフィーに気づいて、来客の少女にフィーの存在を知らせた。
「あ、フィー様!お久しぶりです!」
「あ!あなたはカリン!久しぶりじゃない!」
少女の名はカリン。
シレジアの近衛天馬騎士で、フィーの幼馴染だった。
彼女は聖戦において、リーフ傘下のトラキア解放軍参加、セリス率いる解放軍と合流後はフィーの天馬部隊に加わり、聖戦を戦い抜いた少女であった。
彼女は聖戦後、シレジアの戻っているため、フィーとの再会は2年ぶりのことだった。
幼馴染の突然の来訪であったが、フィーもカリンは手を取り合って喜んだ。
手をとり、互いにはしゃいでいる。
だが、瞬時にカリンは笑顔から緊張に満ちた表情になった。
口調も変え、フィーとアーサーに言上を始めた。
「アーサー様、フィー様、シレジア宰相ホークからの書状を預かって参りました。どうぞ、お読みください」
「ホーク?ホーク宰相といえばシレジアの・・・」
ホークはシレジアの現宰相として、当地の復興のために尽力している青年のことだった。
『シレジアの賢者』と称えられ、聖戦時においてはシレジア解放軍の中核として活躍した。
そして、今、ここにいるカリンの兄でもある。
「一体、何が・・・」
国王からではなく、宰相からの手紙と言うのは不可解であったが、アーサーはその手紙を受け取り、中を開いた。
「・・・・・・これは・・・」
「アーサー?どうしたの?」
二人の立場が公爵夫妻という事になっても、基本的に相手を呼ぶ時は昔のままであった。
アーサーの顔が見る見るうちに、硬いものになっていった。
「ティニーが・・・大変みたいなんだ・・・」
そう・・・
ティニーは現在、シレジアの王となったセティの婦人となっているのだった。
あの戦い後、ティニーは何とか自分を甦らせた。
そして愛するセティと晴れて結ばれたのだった。
本当は、ティニーの母ティルテュの故国フリージ公国を継承と言う話も起きたのだったが、それも愛する二人の中を裂くべきではないというのが仲間達だけからではなく、公国民の間からも起こり、実現はしなかった。
余談だが、ティニーの辞退後、フリージ家を継いだのはアーサー・ティニーの母ティルテュの妹エスニャの子供達であるアミッド・リンダ兄妹であった。
この子達はフリージやシレジアにいたため、直接、アーサーやティニーと面識があった訳ではなかった。
「ティニー!?・・・何があったの?・・・読ませて!」
ティニーが大変と言う言葉を聞かされて、フィーはアーサーの手から奪い去るかのように書状を取った。
そして、食い入るように読み始める。
「・・・・・・!?・・・」
驚愕の表情を浮かべるフィー。
すかさず、フィーはアーサーに詰め寄った。
「アーサー!私をシレジアに行かせて!ティニーの所に・・・!」
書状にはティニーが深刻な状況が記されていた。
場合によっては命にも関わるような事を・・・
フィーとしては大事なティニーの一大事を見過ごす事などできなかった。
それに自分がアーサーと結婚し、セティとティニーが結ばれた今となっては、彼女とは正真正銘の姉妹になったのだ。
その彼女の大事を見過ごす事は出来なかった。
「・・・行ってくれるかい?フィー・・・」
実の妹の事が心配なアーサーだったが、自らがシレジアに行くわけにはいかなかった。
昔とは違い、今の自分は多くの人たちに責任を負う身だ。
おいそれと国を空ける訳にはいかなかった。
だから、フィーに行って貰えればと考えていた。
「もちろんよ!じゃ、すぐに行って来る・・・」
「すまない・・・って、いますぐに!?」
「当然。行こう!カリン・・・」
フィーはカリンの手をとって、すぐに自分の天馬の所に向かって走っていってしまった。
「ふぅ・・・準備もしなくて・・・いいのか?」
一人残されたアーサーはフィーの迅速な行動力に呆れていた。
だが、今はそのフィーの素早さが羨ましかった。
(・・・頼むぞ。フィー・・・)
シレジアとヴェルトマーはそれほど遠い距離ではない。
北洋の海を挟んで両国は位置しているのだから。
だから、天馬の力を持ってすれば、遅くとも三日で行き来ができた。
だが、今のアーサーにはその距離がとても遠い物に感じられた。
(・・・ティニー・・・)
彼の脳裏に、しばらく会ってはいない最愛の妹の顔が浮かんでいた。
「セティ様!お急ぎください!」
「ああ!分かっているさ!」
冬が終わりかけている雪原は所々に下の土を露出させ、場所によっては若芽が姿を現し始めている。
どこまでも透き通る空、暖かみをもたらす太陽、気持ちの良い風は春の到来がそこまできていることを知らせていた。
そんなシレジアの大地を移動する馬と天馬に乗った人々の一団。
馬は5騎、天馬は10騎ほどの集団であった。
彼らは猛烈なスピードでシレジアの大地を西に向かって走っていった。
雪解けの水を含んだ土はとても不安定だったが、それに構うことなく馬は走り抜けていった。
それはシレジア王セティとその近侍、近衛の天馬騎士達であった。
彼らはシレジア南東部のザクソンの視察を終えた頃、シレジア王宮からの知らせを受けて急遽帰還することにしたのだ。
(早く・・・早くティニーの元に・・・)
セティはいつにない焦りを胸に、シレジアへの帰途を急いでいた。
その時、彼らの遥か頭上の2騎に天馬が現れた。
普通の天馬よりも遥かに高く飛んでいる存在に、近衛の天馬騎士達に緊張が走る。
そのうちの一騎の天馬が急降下してきたため、直ちに4騎の天馬が散開し、上空の天馬に対して備えようとしていた。
「待て!フェミナ!何もする必要はない」
セティは近衛天馬騎士のリーダー格であるフェミナの名を呼び、静止させた。
「セティ陛下!・・・どういう事ですか?」
向かおうとしていた天馬騎士は動きを止める。
「あれは・・・私の妹だよ」
セティはそれが二年ぶりの妹である事告げた。
「それにしても・・・髪を伸ばしたんだな・・・」
フィーはカリンからの知らせを受け、彼女と共にシレジアまで天馬で一気に飛んでいった。
普通の天魔騎士ならとてもできない芸当だが、二人の技量と彼女達の駆る天馬マーニャとエルメスの力を持ってすれば造作もないことだった。
そして王都シレジアに到達する直前、眼下に自分の兄の姿を見つけたので急降下してきたのだった。
「お兄ちゃん!・・・じゃなくて、兄上!お久しぶりです」
セティのすぐ傍を併走し語りかけるフィーであったが、どこか固い。
「フィー・・・無理はする事はないよ。今まで通りの感じで良いんだから・・・」
「・・・やっぱりそうね。お兄ちゃんはシレジア王に、私も一応ヴェルトマー公妃になっちゃったからね。礼節みたいなものに気を遣うようになっちゃったの。でも、やっぱり堅苦しいのは似合わないみたい・・・あはっ!」
彼女の茶目な笑顔に見ながら、二年ぶりに会う妹が前とは変わっていない事にセティは微笑んでいた。
ふと後ろを見ると、少し遅れていたカリンも合流し、姉であるフェミナと話をしていた。
その姿を見ていたセティは思い出したようにフィーに尋ねた。
「そういえば・・・髪を伸ばしたんだな・・・」
「うん、戦い終わったら伸ばそうって・・・ティニーと話して決めていたからね。」
「・・・そうか・・・」
高速で走り抜けながら、一行はシレジアへと近づいていった。
「・・・ティニーは大丈夫なの?」
シレジア城の門が見えてきた頃、フィーは心配そうな声で尋ねた。
彼女がヴェルトマーからシレジアまで飛んできたのは、義妹であり義姉であるティニーを心配しての事だった。
「心配はないと医師は言っていたけど、やはり、心配なんだ・・・だから、こうやって急遽、戻ってきたんだ」
「・・・そうなんだ・・・」
二人の間に沈黙が走る。
本当はティニーと再開できる事は喜びのはずなのだが、今は緊張した感覚だけがあった。
その間にも一行はシレジアに到着した。
セティとフィーは城門をくぐるなり、急いでティニーのいる王宮へと駆けて行った。
シレジア王宮は決して大きくはなく、華麗な装飾を誇っているわけではないが、それでも素朴な清潔感と見るものを包み込むような安心感を持っていた。
王宮の3階に王の私室があり、セティ夫妻の寝室もそこに併設されていた。
その寝室に繋がる廊下にはシレジアの重臣達が集結していた。
セティ王の腹心であり宰相のホーク、シレジア天馬騎士団団長のミーシャなどの臣下達が神妙な表情で右往左往していた。
「陛下!?」
ホークが廊下を走ってきたセティの元に赴いてきた。
「ホーク、ティニーの様子は?」
「はい・・・王妃陛下は今、予断を許さない状況との事です」
シレジアの賢者とさえ称されたホークは端的に現状を説明した。
「そうか・・・では、中に入ろう・・・」
セティはドアに手を掛け、ティニーの所に行こうとした時の事だった。
その時、ドアの向こうから今まで聞いた事がない声が聞こえてきた。
いや、今、初めてこの世界に舞い降りた新しき生命が奏でる歌声をセティと周りの者達は耳にしたのであった。
「これは・・・」
フィーの表情が見る見るうちに明るくなり、彼の実の兄は気が抜けたような顔をしていた。
セティが開こうとしていたドアが中から開かれ、宮廷つきの医師が大きな声で叫んだ。
「王妃陛下が出産なされました!女の子です!母子共につつがなくあらせられます!」
まだ、若い男性であった医師はあまりの興奮に言葉をまくし立てた。
その報と中から聞こえてくる赤子の声は集まってきた人を喜びで包んだ。
周囲の中の誰からともなく、大きな声で叫んだ。
「万歳!王妃陛下、王女殿下万歳―!」
その声が口火となって周りの者達も万歳の斉唱を始めた。
「万歳!万歳!万歳――――!!」
シレジアの王宮に人々の歓喜の声が響いた。
それはイシュタルの死から、ちょうど二年目の日の事だった。
ティニーはセティとの子を産んだ。
彼女の出産は前もって周囲の人たちも承知していたが、この時は少し異常な状況であった。
ティニーが体調を崩したと同時に早産の兆候が現れたため、難産と共に母胎の危険性が予想された。
しかも、セティはザクソン地方の視察に出てしまっていた。
ティニーはセティに心配を掛けないように思い、彼に使いは出さないように言ったが、ホークの計らいでフェミナがセティの元に、カリンはティニーとの繋がりの深いアーサーとフィーの元に使いに行ったのだった。
結局、出産は予想された困難もなく行われた。
おかげで、セティもフィーも生まれた瞬間に立ち会えたのだった。
「きゃあ!可愛い・・・ティニーにそっくり!」
赤ん坊を腕に抱きながら、フィーははしゃいでいる。
銀の髪の毛と天使のような寝顔を持つこの子は、恐らくティニー似であろう。
そして、この子の父親となった青年は我が子と対面した後、愛する妻横たわっているのベットに向かった
「頑張ったね・・・ティニー・・・」
「はい・・・セティ様・・・」
出産に伴って体力を消耗していたティニーであったが、セティ笑顔で応えた。
ティニーの部屋にはセティやフィーが入室し、彼女を見舞っていた。
部屋は大きなベランダがあり、そこからはシレジアの大地が見渡すことができた。
ティニーは部屋の中心にあるベットに横たわりながら、セティと向き合っていた。
出産をしたすぐ後だったので、彼女の頬は紅潮し、うっすらと汗も流していた。
だが、母となったティニーの表情は晴れやかで、そんなティニーの事をセティは本当に愛しいと思った。
「本当にありがとう・・・ティニー・・・」
セティは彼女の手をとり、何度も礼を述べた。
「いえ、セティ様・・・約束ですから・・・」
(そう・・・約束ですから・・・幸せになるという・・・)
幸せになり、未来の作り上げるというイシュタルとの約束。
多くの人達が死んでいった2年前の戦い。
生き残り、彼らの屍の上に立っている自分達が成さねばならない事は戦いに傷ついた世界を復興する事と、もう戦いを起こさない事・・・
そして、未来を担う若者達を育てていく事だとティニーは信じている。
だから、これから生まれてくる子供達を愛し、慈しもう・・・
それが未来を創るという自分の贖罪を果たす事に繋がるのだから。
「ティニー!ほら見て!ティニーにそっくりの子よ!」
フィーは今まで自分が抱いてあげていた赤子を二人の元に連れてくる。
つい先ほどまで大泣きしていたこの子も、今は叔母となった女性の手の中で本当に小さな寝息を立てていた。
フィーはそっと母親の胸に赤子を返した。
ティニーは優しく、慈しみに満ちた目で彼女を見つめた。
その彼女の姿は少女から母親のものに変わっており、セティはこれからは新しい命と新しいティニーと共に生きて行く事になるだろう。
自分も父親と言う存在に変わって・・・
「そうだ・・・この子の名前はどうするの?」
フィーの質問は実はセティ夫妻以外の人々にとっては赤ちゃんの性別と共に関心事であった。
その質問をされた時、セティは思わず慌ててしまった。
子供の名前について色々と思案して自分なりに候補を考えてはいたが、まだティニーとは相談していなかったのだ。
「・・・セティ様・・・この子の名前・・・私に決めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ティニーは控えめなく口調でセティに尋ねた。
実は彼女は女子が誕生したら、必ずつけたい名前を今まで温めて来ていたのだった。
まだ、セティと相談をしてはいなかったが・・・
「・・・もちろんだよ・・・ティニーが決めてくれるなら・・・」
セティはティニーからその申し出があった時、彼女が考えた名前について確信があった。
もちろん、その名前はセティの候補にもあったので、もちろん異論などなかった。
いや、自分達の娘には、この名前しかないのかもしれない・・・
「はい、ありがとうございます・・・」
(そう・・・この子にはあの名前をつけてあげたい・・・)
自分の中で温めてきた名前。
その名前はティニーとセティを始め、多くの人たちに影響与えた人の名前。
その人は誰よりも強く、誰より優しかった。
自らの愛する人のために悩み、そして、その人を守るために戦った人。
そして、自分も大好きだった人。
彼女にはその人の名前をつけてあげたかった。
自分の子も、あの人のような素晴らしい女性になれることを祈って・・・
「そう・・・あなたの名は・・・」
(・・・あなたには幸せな人生を送って欲しい・・・あの人の分まで・・・そして・・・)
この子には幸せな未来を生きていって欲しい。
そして、あなたも誰かと出会い、その人と未来を創っていって欲しいと願った。
そして、もう一つのティニーの想い・・・
(また、会えたね・・・お姉様・・・)
この子があの人の生まれ変わりであることを信じたかった。
あの時の約束を彼女が果たしてくれるために戻ってきてくれたと信じたかった。
ふと窓から外を見ると、雪解けの水が屋根から舞い落ちているのが見える。
今まで薄暗く、厚かった冬の雲は消え、春の柔らかな陽光が部屋に差し込んでくる。
柔らかな光を浴びたこの少女が思わず目を開けた。
ティニーを見つめる小さな瞳。
その瞳にティニーはかつての姉の面影を見つけた。
「・・・絶対に、幸せにしてあげるから・・・」
今、シレジアに遅い春が訪れようとしていた。
END
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