黒き剣 第一章
何時からなのだろう。
何かの違和感を抱き始めたのは・・・
何が変わってしまったのだろう。
私のあの人の間にある何かが・・・
それとも変わったのは私?
私がこの幸せに慣れてしまったから?
それとも・・・気づいたの・・・
あの人の視線の意味を・・・
1.黒髪の恋人達
「ああ・・・ふふぁ・・・あぁぁっ・・・」
ベットの中に全裸で絡み合う黒髪の男女がいた。
歳は男が27、女が18ぐらいであろうか。
男の髪はとても長く、腰にも届くほどであった。
シャープな表情と目線を持ち、眉目秀麗という言葉がピッタリと合うような美男子だった。
逆に女の方は両脇の残して、後は短く揃えてある髪形だった。
その少女の目も顔も男とまでは言わずともシャープな美しさを持っており、気の強さと繊細で優雅な女性的魅力を合わせあったような印象を見る者に与えるであろう。
「ふふっ・・・ラクチェは可愛いな・・・」
ラクチェと呼ばれた少女をベットに仰向けに横たわらせ、その上から覆い被さる男。
首筋や鎖骨をツゥーと舌を這わしていく。
「・・・シャナン様・・・ああっ・・・」
シャナンと言われた男の舌が首の付け根のあたりを行き来すると、ラクチェの体は僅かにピクピクと震える。
ちょっとの動きでも、ラクチェと言う少女には十分な熱を与える事ができるらしい。
普段は凛とした表情をしているであろうラクチェの顔は恥ずかしさに赤くなっている。
「本当に・・・可愛いな、お前は・・・」
「あうっ!・・・私がこんな顔をするのは・・・シャナンさまの前だけですよ・・・」
「・・・当然だな・・・・お前と愛し合う事が出来るのは・・・私だけだからな・・・」
シャナンの言葉に、ラクチェは恥ずかしそうに俯いてしまう。
今までラクチェの両脇に控えていた手の内、右手がラクチェの胸を捉えた。
既に勃起していた乳首が更なる興奮を求めているかのように見える。
最初は優しい愛撫を繰り返していく。
それは彼女に安心感を与えるかのような手つきであった。
「ぁふぅ・・・ふ・・・ぅ」
柔らかく揉まれた彼女は少し落ち着いた表情を見せた。
彼女は胸を愛される事で温かみを感じていた。
・・・パクッ!
「ひゃああぁぁっ!?」
だが、彼女の声は途端に高まった。
シャナンが彼女の胸の頂を口に含んだからであった。
歯は立てないものの、強く唇の肉で挟み込まれた乳首は快感と言う名の悲鳴をあげた。
先ほどとは違い多少荒くなった手の動きに合わせて、口の中で乳首を転がす。
ラクチェは温かと言うより熱いシャナンの口の中に自分の性感帯を含まれたラクチェの体温と声は急激に高くなっていった。
「シャナン様の口の中・・・ああっ!・・・あついです・・・」
シャナンは口を使っているため喋れない。
その代わり、荒々しくラクチェの胸を求めた。
ラクチェの豊かな胸がシャナンの手によって歪み、口と舌によって唾液の洗礼を受け続けた。
胸を責められるだけでラクチェは狂ったようになっている。
しばらくの愛撫だけでラクチェは完全に骨が抜けたようになってしまった。
「ここは・・・どうなっているのか・・・な・・・?」
シャナンの右手がラクチェの体を下降していった。
腰、下腹部を通ってゆっくりとラクチェの秘部へと伝っていった。
「そこは・・・シャナン様・・・」
ラクチェの困惑する顔を堪能しながら、シャナンはゆっくりと彼女の股間に手を差し入れていった。
高ぶっていた彼女の体はシャナンの手が入り込んでくる感触にゾワゾワと身震いしてしまう。
シャナンは彼女の大事な部分に手を差し入れた途端、熱い湿り気を手に感じた。
「・・・もう、こんなに濡らしてしまったんだな・・・」
「・・・ぁ・・・そんな・・・」
ラクチェの顔がさらに赤くなり、肌を伝う振動も強くなったように感じる。
二本の指を合わせて、ゆっくりと焦らすように下の口の淵をなぞっていく。
それだけでシャナンの指に大量の愛液が付着した。
ゆっくりと、濡れた指をラクチェの前に持っていき・・・
「ラクチェ・・・お前のアソコがこんなに・・・」
ラクチェの視線は一瞬、それを凝視し、数瞬の沈黙の後に目を背けた。
「・・・いや・・・」
(ふふ・・・本当にお前は可愛いな・・・可愛くて美しい・・・)
シャナンはいつものラクチェの表情を思い浮かべていた。
いつも凛々しく、滅多に笑顔というものを見せない少女。
常日頃から戦いの事ばかりを考え、強くなる事だけを考え、努力を忘れない少女。
誰が、彼女がこんな乱れる姿、乱れた表情を想像する事が、見る事ができると言うのだろう。
(そう・・・お前のこうなった姿を見る事が出来るのは私だけだ・・・お前を愛する事が出来るのは私だけだ・・・)
ゆっくりとシャナンの指がラクチェの中に埋まっていく。
十分に潤っていたそこはシャナンの中指を難なく受け入れた。
「ううぅぅ・・・シャナン様の指が・・・」
シャナンの指は迷うことなくラクチェの急所、Gスポットに辿り着いた。
彼は彼女がクリトリスよりもここが感じてしまうことを知っている。
「・・・お前はここが感じるんだったな・・・」
指は強く彼女の性感帯を摩り上げた。
「!?・・・うああぁぁっ!」
ラクチェの体はまるで電流が流れたかのように跳ねた。
更に何度も何度も責めてみる。
「あああぁぁっ!・・・だ、だめ・・・おかしくなる・・・感じてしまう・・・!」
ラクチェは首を振るい、与えられる快感に戸惑っていた。
何度愛し合っても、いまだに快感に対して慣れる事はなかった。
戸惑い、悩み、時には抵抗してしまいたくなり・・・最後には求めてしまう。
「あくううぅぅ――っ!・・・ううぅぅ!!」
自分の声が部屋中に響き渡っているのを自覚したのだろう。
羞恥に苛まれたラクチェは口を閉じて、声を抑えようとしてしまう。
ベットのシーツを握り締める力が強くなっている事から、彼女の力んでいる事が良く分かる。
我慢しているラクチェの表情と仕草がとても可愛く、愛らしくて・・・
でも、そんな彼女を見ていると、なにか悪戯をしてみたくなる衝動に駆られてしまう。
そんな自分はまだ子供なのだと、心の中で苦笑してしまう。
シャナンはラクチェの中から一旦指を抜き、彼女を体とベットの間に手を差し入れると、彼女の体を引っ繰り返した。
「シャナン様・・・?あ・・・」
うつ伏せにさせられたラクチェは少し戸惑い気味だった。
シャナンはうつ伏せの彼女の体に手を伸ばすと、彼女の尻を持ち上げ、突き出した状態で固定してしまった。
あまりに恥ずかしい格好を取らされて、ラクチェは驚き、恥ずかしさに熱くなった。
「シャナンさま・・・こ、これは・・・」
いつもの透き通るような声ではない、弱々しく尋ねてくるラクチェにシャナンは無言だった。
シャナンは突き上げられたラクチェの尻に顔を埋めるようにして、音を立てて口で彼女の花を責め始めた。
音を立てて彼女の蜜を啜り、舌で彼女のクリを刺激し、秘所の中に入れようとする動きを見せる。
「うう・・・こんな恥ずかしい格好で・・・ああぁぁっ!」
ラクチェはシーツを握り締め、顔をベットに埋め、悶えている。
そんなラクチェの様子に、更にシャナンも燃え上がっていた。
一旦、口を離し、その周りを蜜で濡らしながらラクチェに言葉を掛ける。
「私の顔をこんなに濡らして・・・はしたないな・・・ラクチェは・・・」
「そ、そんな・・・私は・・・」
「少し・・・お仕置きをしないとな・・・」
シャナンは僅かに顔を上げると、右手の人差し指をゆっくりと菊の方にと近づいていく。
肌を伝いながら移動する指の感触をラクチェは感じ、怖くなった。
「あ・・・そこは・・・シャナン様!ダメ!」
しかし、シャナンは何も言わず、ラクチェのもう一つの小さな穴に指を触れさせた。
柔らかい弾力が指を伝って感じる事が出来る。
指は彼女のしわをまるで触診するかのようになぞり始めた。
「汚いです!そんなところはやめて下さいぃっ!!」
しかし、シャナンは未知の彼女の箇所に興味津々だった。
彼女の後ろの入り口をまさぐるように指を動かし、時には突くように指をノックさせた。
恥ずかしさのためか、別の何かのためか・・・彼女の前の穴は何もしないでも蜜を溢れさせ、下のシーツに垂れていった。
「興奮しているのか・・・?ここを弄られて・・・」
「ううぅっ!・・・やああぁぁっ・・・」
僅かに指に力を入れてみると、そこは震えて指を押し戻そうとする。
それでもシャナンは指に力を込めた。
指がゆっくりと進入を開始する。
彼女の窄まりが指と共に中に引き込まれ、限界を超えて元に戻ったら、あとはすんなりと挿入されていった。
「ラクチェ・・・入っていくのが感じるかい・・・?」
しかし、ラクチェは言葉で答えを返す事はなかった。
彼女はベットに顔を埋めて、泣き出していた。
「うう・・・ううぅ!・・・ひっ・・・くっ・・・」
本当に彼女は泣いていた。
尻を嬲られるという恥ずかしさに、彼女は耐えられなくなってしまったのだった。
ボロボロと涙を流すラクチェに、思わずシャナンも手の動きを止めた。
シャナンとしては彼女の赤らめた顔は見たかったとしても、涙するところなど見たくはなかった。
自分の悪戯が過ぎた事をシャナンは後悔した。
彼はラクチェの髪の毛を優しく撫で、耳元で囁きかけた。
「すまないラクチェ・・・少し私も調子に乗りすぎていたみたいだ・・・許してくれ・・・」
ラクチェはベットのシーツに顔を埋めながら、僅かに視線をシャナンの方へと向けた。
「酷いです・・・シャナンさま・・・こんなこと・・・」
その目には涙を流しているためか、赤くなっている。
「どうして・・・こんな事を・・・」
「お前が全てを知りたいからだ・・・」
「えっ・・・?」
ラクチェはシャナンの方に顔を向けた。
「お前の体の事も・・・全ての表情の事も・・・全てが知りたかったから・・・自分の好奇心でお前に酷い事をしてしまった・・・許せ・・・」
「しゃ、シャナン様・・・」
「・・・だが、おかげで分かった事がある・・・」
「・・・・・・」
ふっと、シャナンはラクチェの頬にキスをした。
「私はお前の涙は見たくないと言う事を・・・」
その言葉に、ラクチェは別の意味で顔を赤くした。
頭を優しく撫でられる感覚を噛み締めながら、ラクチェは少し膨れながら応えた。
「卑怯です・・・そんな事言われてしまうと・・・怒れなくなってしまうじゃないですか・・・」
しかし、ラクチェは本心では嬉しがっていた。
シャナンにこう言う事を言われる事を望んでいたのだった。
「ああ・・・だが、本当の事だよ。ラクチェ・・・」
「シャナン様・・・」
ラクチェは仰向けに自分の体を転位させ、深いキスを交わしたのであった。
「あくぅっ!・・・入ってくる・・・シャナン様がぁ!」
自分の中に分け入ってくる熱くて固いものがラクチェを燃えさせる。
正常位でラクチェを貫いたシャナン。
潤ったそこは、何の抵抗もなくラクチェを受け入れる。
シャナンは今まで何度もラクチェを愛してきた。
だが、どれだけラクチェの体を貪っても飽きる事はない。
ラクチェの締め付けが、ラクチェの熱さが、ラクチェの感極まった表情が、そして今までの憧憬が、シャナンの彼女への想いを激しくさせていた。
シャナンの動きは躊躇がなかった。
自らの欲望に従って、そしてラクチェを悦ばせるべく腰を揺り動かす。
激しく鳴り響く水と肉の音と、ラクチェの過敏で悦の入った喘ぎ声が、既に彼女の体がヒートしている事を示していた。
一回、また一回と剛直が打ち込まれる度に、ラクチェの胸と髪は激しく揺れ、大きな声を上げる。
「ああぁっ!・・・やあぁっ!・・・ううぅっ!」
シャナンはラクチェの体にピッタリと体を密着させる。
彼女のふくよかな胸がシャナンの胸板に潰され、妖しく形が歪む。
体に掛かるシャナンの重さは確かに窮屈であったが、その圧迫感と暖かさが逆にラクチェには心地よかった。
何度ラクチェの中を経験しても、シャナンはこの激しすぎる快感に慣れることはなかった。
たちまち、耐えられない物がこみ上げてくる。
だが、シャナンは恐れることなくスピードを上げ、自らの欲望を吐き出そうとした。
自分はいくらでもラクチェを抱く事が、愛する事が出来るのだ。
怖い事などなにもない。
「ラクチェ・・・そろそろだ・・・」
「あうぅぅっ!!ひゃああぁ!・・あああぁ!!」
ラクチェは既にまともな言葉が喋れないみたいだ。
だが、しっかりとシャナンの背中に両手を回し、力を入れる。
まるでシャナンの体を誰にも渡さないと主張するみたいに・・・
ズクズクと棒が花を蹂躙し、今までにないほどの潤滑油が動きを加速させ、何倍にも快感を増幅させる。
いやらしい音が耳に届く度に背徳感と興奮が高まっていく。
「もうダメ・・・ダメなの!・・・シャナン様・・・シャナンさまああぁぁっ!」
頭の中が徐々に真っ白になっていく。
圧倒的な何かが自分を飲み込もうとする。
だが、怖くはない。
早く昇り詰めたかった。
ただ、目の前の快感だけに集中していた。
先に果てたのはラクチェの方であった。
体が痺れるほどの電流が体の中を駆け巡り、宙に飛んでしまったかのような感覚に支配された。
「あくううぅぅ――――っ!!」
限界まで昇り詰めたラクチェは激しく痙攣を起こし、自らの中に埋まっているシャナンのものを締め上げた。
強烈な収縮はシャナンの暴発寸前の状況に止めを刺した。
まるで吸い出されるかのようにラクチェの中に欲望を撃ち放つ。
「ラクチェ!!」
自分の奥に叩きつけられるのを感じながら、ラクチェは徐々に痙攣から開放されていった。
しばらく、お互いに動きが止まったかと思うと、ゆっくりとシャナンはラクチェの中から自分を引き抜いていった。
気だるい感覚がなぜか心地良かった。
「・・・ふぅ・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
荒々しい呼吸を繰り返すラクチェの頭をシャナンは優しくさすった。
「・・・ラクチェ・・・大丈夫か・・・?」
あくまでシャナンの声は優しかった。
年下の少女をまるで子供のようにあやす。
しかし、ラクチェには安堵感を与えた。
まるで子犬のようにシャナンの手の感触に身を委ねていた。
「シャナン様・・・くすぐったいですよ・・・」
「でも、いい・・・?気持ちなのだろう?」
「人を猫みたいに扱わないでくださいよ・・・」
だが、ラクチェはまんざら悪い気分ではないらしい。
シャナンに髪をくしゃくしゃされると、ラクチェの美しい調和は滅茶苦茶になったが、今はそんなことは気にしないみたいである。
ラクチェの少し細めの目が更に細くなっていく。
どうやら、睡魔が襲ってきたみたいだった。
彼女は朝早くから鍛錬を欠かさず、戦いが無い時も多くの訓練を自らに課している。
彼女の体は女性らしい柔らかさと美しさを持っていると同時に、想像が出来ないほどのスタミナと敏捷性を持っているのだ。
だが、そんな彼女の日々の日常に加え、夜の運動も加えたとなると、流石に眠くなるらしかった。
そんな彼女の様子を見て、シャナンは彼女の優しく撫でながら頬にキスを与える。
「疲れたのだろう?・・・ラクチェ・・・」
「はい・・・ちょっと・・・」
「もう、休むがいい・・・明日も早いのだからな・・・」
既に意識が朦朧としているラクチェは大人しくシャナンに従った。
愛する人が傍らにいてくれるのだから、安心して眠りにつく事が出来る。
「わかりました・・・シャナン・・・さま・・・おやすみな・・・さ・・・」
言葉は最後までは続かない。
ラクチェは温かさと安心感に抱かれて、眠りに落ちていった。
「おやすみ・・・ラクチェ・・・」
もう微かな寝息を立て始めたラクチェを見つめながら、優しげな笑顔で言うシャナンであった。
だが、この自分の大切な少女の顔を見つめながら沸き起こってくる別の想い・・・
いや、自分が持つ思い出の中のある人物の面影が、今の目の前の少女に重なる。
(お前は・・・本当に瓜二つなのだな・・・)
さて、ここで少しシャナンとラクチェと言う人物に対して説明しておこう。
二人は共にかつて大陸北東部に存在したイザーク王国の王族の血を引いており、従兄妹同士であった。
シャナンはイザーク王国の正当な王位継承者である。
イザーク王国は17年前にグランベル王国軍の攻撃を受け、滅亡した。
シャナンの父マリクルはその戦いで戦死したが、シャナンはその時、マリクルの妹アイラと共にグランベル王国の影響力が低いヴェルダン地方に逃れていた。
その地でヴェルダンとの戦いに赴いていたグランベル王国シアルフィ公爵家公子シグルドとの出会いがシャナンの運命を一変させた。
シャナンとアイラはシグルド公子に保護され、その後、彼の軍に同行し、数奇な運命を辿る事になった。
シグルドと共にグランベル・アグストリア紛争、逆賊としての逃避行、シレジア内戦、そして対グランベル戦。
彼らはそのシグルド軍の主な戦いに同行していった。
その中でもシャナンはまだ幼かったため、自らの剣を振るう事は出来なかったが、アイラはその卓越して剣技でシグルド軍を助けた。
そしてアイラはシグルド軍のある男と結ばれ、二児を産む事になる。
それがスカサハとラクチェという双子の兄妹であった。
しかし、戦いは激しさを増していき、シレジア領リューベック城でドズル公爵ランゴバルトを討ち取った後、シグルドはシャナンと自らの側近で騎士見習であったオイフェに自分の息子セリスや多くの戦士たちの子供達を連れてイザークに逃れさせた。
シャナンの故郷イザークはグランベル王国の制圧下であったが、辺境にはまだ多くの未開の地があったため、そこなら安全に身を隠す事が出来ると判断したためであった。
ここでシャナンはセリスを守る事を決意し、またアイラは戦いの最後を見届けるためにシグルド軍に残り、二人は離れ離れになる事になった。
シャナンとオイフェはイザークに逃れてから、バーハラの戦いでシグルド軍が壊滅した事を知った。
それはシャナンにとって、祖父、父に続いて、恩人であるシグルドと自らの叔母を同時に失ってしまった、
彼は自分の非力さを痛感すると同時に、シグルドの遺児セリスを守り、そしてグランベル帝国と名を変えた一連の戦いの元凶を打倒する事を決意したのだった。
そして、成長したセリスやアイラや他の戦士たちの子達と共に新たなる戦いへと参戦していった。
その中でアイラの娘ラクチェはシャナンと同じ剣士としての道を選びシャナンを師と仰ぐと同時に異性としての感情を抱いていた。
シャナンの強さと寡黙な美しさを見れば、殆どの女性が好印象を抱くであろう。
ラクチェはシャナンへの想いを膨らませていき、そして、ついに二人はあるオアシスの辺で結ばれたのであった。
今までに何度も肌を合わせあってきた二人。
二人の関係は順風満帆に思われていた・・・
2.イザーク・サーカス
イザークで起きた解放軍による戦いは順調に進行していた。
ティルナノグ挙兵、イザーク解放、イード砂漠突破、北トラキア解放軍との合流など・・・
解放軍は開放地域を確実に増やしながら、グランベル帝国を次々と打ち破っていった。
ここ、北トラキアでもイード砂漠からなだれ込んだ解放軍は着々と勝利を重ねていた。
既に、メルゲン、アルスター、レンスター等の各攻防戦でこの地を支配するフリージ家の北トラキア王国の戦力は減衰しており、情勢は大きく解放軍側に傾いていたと言えるだろう。
しかし、北トラキアの戦いはこれで終わったわけではない。
コノート城に立て篭もった残存フリージ軍の戦力は今だ強大であったからだ。
彼らはコノートで守備を固め、篭城の構えを取ろうとした。
数ヶ月に渡り守りきれば、帝国本土から援軍が到着するはずであった。
そうすれば一気に形勢は逆転する事になる。
いまだ温存されているブルーム直属のフリージ第一軍団を中心とする戦力とターラとともに北トラキア半島有数の堅城と謳われるコノート城なら不可能なことではなかった。
そのため、今、コノート城では解放軍の接近に伴い、篭城の準備で騒然としていた。
食料の運び込み、城の補修、武器の補充などがそうである。
まだ、解放軍が到着するまで5日ほどあり、十分に余裕があるはずであった。
しかし、その日の夜。
フリージの予想に反して戦いが起きたのだった。
夜を徹して、フリージ軍は篭城戦の準備を行っていた。
火を灯し、多くの馬車で食料等の物資を運びこんでいた時の事だった。
大きな城門の前で、警備に当たっていた兵士の一人が上官に語りかけた。
「隊長・・・あの森・・・何か変な雰囲気じゃないですか?何かが動いているように見えます。まさか・・・敵の兵では?」
「変な雰囲気とは何だ?まだ、敵はここまで来ていないんだ。どうせ、獣でも動いているんだろう・・・」
隊長は彼の意見にあまり耳を貸さなかった。
しかし、それが誤りであった事をその数秒後に知る事になる。
彼の指摘した森が一瞬、光を放ったかと思うと無数の炎と雷撃、そして矢が飛んできたのだった。
「なにっ!?うわああぁぁ・・・!!」
それは門前にいた補給部隊と衛兵に襲い掛かった。
完全な奇襲であった。
解放軍はフリージ軍のレンスター攻撃における一連の戦いに勝利した後、兵を二手に分けてコノートとマンスターに対して進撃を開始した。
その内、コノートに向かったのはセリス率いる解放軍本隊であったが、セリスはコノートを陥落させるには速攻による奇襲を行う必要があると考えた。
そのためセリス率いる本隊は街道沿いを堂々と進軍し、敵に哨戒網に身に晒す事で敵を油断させている間に、一部の精鋭をレンスター北岸に待機させていた数隻の船に分乗させて海路で先行させていたのだった。
それが今夕、コノートに襲い掛かったのだった。
解放軍の奇襲部隊の攻撃は凄まじかった。
次々と森から放たれた攻撃で兵士達は倒れていき、轟音で驚いた馬車馬は暴走をはじめてしまい、何人かの兵士を引き倒した。
門前は大混乱に陥った。
異変に気づいた城内の兵は解放軍の来訪を知り、急いで門を閉じようとした。
しかし、後一歩で門が完全に閉じようとした時、一人の少女が門に続く橋の前に現れた。
それはこの夜の中でも月の光のように輝く紫の入った銀髪が印象的な少女であった。
「トローン!」
少女が短く呪文を唱えると、収束した電撃が発生し、門に向かい光の帯を伸ばした。
激しい爆音と共に門が四散し、二度と門を閉じる事はできない状態になってしまった。
燃える門の内側にいた兵士達は爆風に見舞われた。
しかし、その数秒後、燃え上がった門から二つの人影が飛び出してきた。
門の内側で右往左往していたアーチャーの一人が敵兵の侵入に弓を構え、影に狙いを定めた。
しかし、敵の存在に気づいた黒い影の正体・・・黒髪の美剣士は一直線でアーチャーに向かっていった。
猛然と目にも止まらない速さで接近してくる剣士の威圧感にアーチャーは恐怖に腕を震わせながらも 矢を放ったが、それは僅かに首を逸らして彼女は回避した。
次の瞬間、弓兵の左脇をすり抜けた彼女は敵の腹に剣の刃で切り裂いた。
それを見ていた別のアーチャーはダッシュの後に一旦停止した剣士に狙いを定めたが、矢を放つ前に 自分の右手から急速に接近してきた別の剣士の剣によって打ち倒された。
「ラクチェ!先走りすぎだぞ!やられたいのか!?」
短髪の少女と同じ髪の色をもつが真面目そうな青年は怒鳴った。
「大丈夫よ!スカサハがカバーしてくれるって信じているからね」
自分と同じ血を引く双子の兄に向かって不敵な笑顔で応えるラクチェ。
「いい気なもんだ・・・」
呆れながら溜息をつこうとするスカサハであったが、戦場ではそんな暇は与えられなかった。
剣や槍を携えた数人の兵士達が殺気を発しながら二人に向かってくる。
先に動いたのはラクチェだった。
今度は一旦、右前方に動いて兵士達の動きの直線ラインから外れると一気に持ち前のダッシュで彼らの中に踊りこんでいった。
前方の2,3人以外、互いの体が邪魔になり一瞬ラクチェの姿を見失った兵士達の合間をラクチェは駆け抜けた。
10人いた兵士達の集団を抜け、彼らの後ろに姿を現すラクチェ。
それと同時に6人の兵士が叫び声を上げる間も無く倒れていった。
一瞬の出来事に呆然とする兵士達に今度はスカサハが襲い掛かった。
跳躍して一人の兵士に剣を振り下ろして倒すと、次に剣を横に振り払い一度に二人の兵士の腹を斬った。
「う、う!うわあああぁぁぁ――!化け物だ!!」
一人残された兵士はあまりの恐怖に武器を投げ出して逃げ出した。
逃げ出した兵士に一瞥をくれた二人の前に、重装歩兵や魔導士、弓兵など多くの兵が次々と奥から、詰め所から、テントから現れてくる。
彼らの鎧や胸当てには雷を模ったフリージの紋章が刻まれていた。
今までのような二線級の兵士ではない。
「とうとう、ブルーム王直属のフリージ第一軍団の精鋭の御出座しみたいね・・・」
「大丈夫か?あまり無茶するなよ。お前が傷つくとシャナン王子が悲しまれるからな・・・」
その途端、彼女の顔が赤くなった。
(本当に正直なやつだな・・・)
「・・・だ、大丈夫よ!あんな奴らに負けはしないわ!」
「ああ、俺がお前の背中を守ってやるよ」
「頼むわよ!スカサハ!!」
照れ隠しなのが、最後は語尾を荒げながらラクチェは駆け出した。
スカサハも可愛い双子の妹の一面に心では微笑んでいた。
「構えろ!近づけさせるな!」
隊長格の男の一斉で、魔導士と弓兵たちが前面に出て、列を組む。
彼らの目前には二人の剣士が突進してきていた。
フリージ軍は先頭を走ってくるラクチェに照準を合わせ、一気に雷の魔法や矢を放った。
数々の矢と電撃がラクチェを襲ったが、ラクチェには命中しなかった。
ラクチェの体が緑の光を一瞬放ったかと思うと、彼女のスピードが更に増した。
常人離れしたそれはまさに神速と言うに相応しいであろう。
彼女はその速さをもってジクザク運動で次々と矢と雷の間をすり抜けていくと、敵の集団に急接近していく。
しかし、一人の弓兵が放った矢がすり抜け続けていたラクチェの目前に現れた。
その時、ラクチェは「しまった!」と心の中で呟いたが、いつのまにかラクチェに追いついてきたスカサハがスライドするように機動してきて矢を叩き落した。
一瞬の目線でラクチェはスカサハに「すまない」と謝り、敵の中に跳躍していった。
緑の残像光が敵の中で光り輝き、彼女の剣が乱舞する。
一瞬で4、5人の兵士を斬り、更に跳んだかと思うと上空から剣を降り押した。
そんな彼女の動きは、さながら星から舞い降りた光りのように煌き続けた。
その時、一人の強大な兵士が現れた。
全身重鎧に身を固め、強大な戦斧を構えてラクチェの前に立ちふさがった。
「来いっ!!この解放軍の犬が!!」
ラクチェの1.5倍ほど巨大に見えるその男の前にはラクチェは小人に等しく見えた。
自分に迫ってくるラクチェに対して巨大な斧を頭上から振り下ろそうとする。
「ラクチェ!こいつは俺に任せろ!!」
スカサハがラクチェの前に出て、強大な重装歩兵と正対した。
「くたばれ!」
その男が持つ巨大な斧がスカサハの頭上から襲いかかろうとしたが、スカサハは僅かの間、目を閉じて動かなかった。
そしてスカサハの頭に斧が触れようとした瞬間、スカサハの体から青い光りが輝いたと思うと斧に立ち向かう形で剣を下から斬り上げた。
小さく、しかし高い音が鳴ったかと思うと、降ろされてきた斧が真っ二つに断ち切られてしまった。
「何っ!?」
自分の斧が二つに斬られた事に男は驚いたが、彼の驚愕は長くは続かなかった。
スカサハは返す剣でその男に向かって剣を降り下げ、その男を鎧ごと真っ二つにしてしまった。
彼の剣はまるで彼の体と鉄の板を紙を裂くがごとく切り裂いた。
敵兵達は目の前で起きた事を信じられず、しばし呆然としたが、その躊躇により多くの者がラクチェとスカサハの剣の餌食となっていった。
彼ら二人はコノート城における戦いで死神と恐れられるほどの戦い振りを見せた。
多くの兵がたった二人の剣士を倒そうとし、返り討ちに遭っていった。
そして、逆に彼らの恐ろしさが多くの兵士の戦意を奪い、降伏に至らせる事になった。
北トラキア王国王都コノート陥落。
この地に立て篭もっていたブルーム王は最後、自らの宮殿に火を放ち、自害したと伝えられている。
「まったく・・・無茶をする・・・」
敵の掃討を終え、解放軍奇襲部隊はコノート城に入った。
戦いの後始末が一段落着いた後、シャナンは天幕の中にラクチェを呼び、彼女を窘めた。
「・・・申し訳ありません。シャナン様・・・」
まるで直立不動で説教を受けているような印象の彼女である。
さすがの女性剣士ラクチェも愛する人の前ではさながら猫のようになってしまう。
一つ溜め息をついた後、シャナンはラクチェを抱き寄せた。
「しゃ、シャナン様・・・」
いきなり抱き寄せられたために長身のシャナンの胸に顔が埋まるように格好になる
「もう、あまり無理をするな・・・お前は私にとって大事な存在なのだから・・・」
「・・・あっ・・・」
自分の頬が燃え上がるように赤くなるのをラクチェは感じていた。
動機も急上昇する。
今、この天幕の中に他の誰もいない事が幸いと思った。
「シャナン様・・・ありがとうございます・・・」
と言って、顔を上げ、シャナンを見つめるラクチェ。
自分に優しい笑顔を向けるシャナンの顔がそこにはあった。
(・・・・・・透き通るような瞳で私を見つめてらっしゃる・・・だけど、なに・・・?この違和感は・・・)
シャナンは確かに自分を見ているが、彼女には別の何かが彼の瞳に移っているように見えた
(まるで・・・別の誰かを見ているような・・・)
同じ頃、マンスターを支配していたレドリック男爵とロプト教団北トラキア教区責任者ベルドも現地の抵抗勢力と連携したレンスターの王子リーフ率いる軍勢の前に倒された。
これら一連の戦いでトラキア半島の帝国戦力は完全に瓦解。
解放軍の北トラキアにおける軍事作戦は一応の成果をもたらし、終結した。
「そうか・・・フリージは破れ、ベルドも何の働きもせずに死んだか・・・」
薄暗い天幕の中で部下から北トラキアにおける一連の戦いの顛末を聞いてそう漏らしたのは、ロプト教団の大司祭マンフロイであった。
彼は今、マンスターから帝国本土にいたる峠道に野営をしていた。
「それにしても、レイドリックはともかく、ベルド様も案外情けないですな。マンフロイ様からお預かりした6人の魔将をもって挑んだと言うのに何の功をなさないとは・・・」
マンフロイは帝国本土への帰途に着く直前、ベルドに会って彼に帝国の誇る闇の戦士、ロプト12魔将のうち6人を与えてきたのだった。
だが、その力を以ってしても解放軍の鋭鋒は防ぎきれなかったらしい。
「それにしても、反乱軍の力は当初我らが思っていたより強大のようです。イザークに続き、北トラキアまでもがこうも簡単に敵の手に落ちるとは予測できませんでした」
「なに・・・ドズルとフリージが彼奴らの力を甘く見ていたのが何よりの原因よ。だが・・・」
マンフロイの顔が険しいものになる。
「だが、これ以上反乱軍の勢力が強大になるのは好ましくないな・・・早いうちに手を打たなくてはなるまい」
「どうすれば宜しいとお考えで?」
「なに、奴らの中心である、あのシグルドの子せがれがいなくなれば、反乱軍は核を失い、崩壊するであろうよ」
「・・・では、あのセリスを暗殺するのですね」
「その通りだ」
彼は解放軍盟主セリスを暗殺することで事態の好転を図ろうとしていた。
「ですが、刺客を送るにしてもセリスは反乱軍の総大将、警戒も厳重でありましょう。しかも、奴の部下は猛者ぞろいです。そう簡単には・・・」
だが、マンフロイは部下の意見を一蹴した。
「安心しろ。今回の件にうってつけの奴がおる・・・」
マンフロイは天幕の奥の暗闇の部分に目をやった。
「ノイン!お前に一役かってもらおう」
その声に暗闇から一人の人物が歩き出てきた。
漆黒の衣を頭の上からすっぽりと覆った異様な姿をした人物が姿を表した。
12魔将の一人、その名をノインと言った。